2009年01月22日

家茂さんの話

そうそう、先日の増上寺の話の続き。
あとで思い出したんだけど、増上寺は徳川の菩提寺だからさ、将軍様たちが眠ってるんだよね。
今度、改めて家茂さんの墓にお参りしようと思う。
何かと評価が低かったりするけどね、この徳川家茂さんってのは情勢と思惑に翻弄され続けた僅か20年間の人生を、必死に駆け抜けた人だと思うんだよなぁ。
それに、なかなかどうして才覚があった人だと思うんだよね。
以下、ウィキペディアからだけど、良く纏まってるから抜粋します。

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幕臣戸川播磨守安清は書の達人として知られた。
そのため70歳を過ぎた老人ながら、推されて家茂の習字の先生を務めていた。
ある時家茂に教えていた最中に、突然家茂が安清の頭の上から墨を摺るための水をかけ手を打って笑い、「あとは明日にしよう」と言ってその場を出て行ってしまった。
同席していた側近たちがいつもの家茂にも似ぬことをすると嘆いていると、当の安清が泣いていた。
家茂の振る舞いを情けなく思ってのことかと尋ねると、実は老齢のため、ふとしたはずみで失禁してしまったと安清は言った。
当時の習慣として将軍に教えている真っ最中に尿を漏らしたとなると厳罰は免れないので、それを察した家茂は水をかけるいたずらをすることでその失敗を隠し、「明日も出仕するように」と発言することで不問に処することを表明したのである。
その細やかな配慮に感激して泣いているのだと答えたという。
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この内容はあくまで安清の親戚だった戸川残花が「幕末小史」の中に記しているそうな。
まぁ、全てが歴史上のことだから、伝記が正しいとは思わないけどね。
でもさ、こんな機転の利いた話、後で創作したにしては、物凄い細かい話過ぎる。
後で創作した話ってのは、もっとこうね、いかにもって感じでさ、きな臭さがちらつくもんだし。
例えば天智天皇と天武天皇の代替わりのあたりの話とかみたいに。
何にせよたぶんね、100%事実とは言わないけど、かなり近い話だったんだろうなぁと思うんだよねぇ。
まぁ、エセな歴史好きの戯言ですけどね(笑)

とにかく、また改めて増上寺まで行ってこようと思うのでした。
posted by だーます at 12:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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